活きる命の、ざわめき や
ときどき、聞かれることがあります。「こんな広い畑のなかで、毎日、ひとりでもくもくと作業するのって、なんだか孤独で、さみしくないですか?」
なるほど。そういわれると、そういうように見えるかもしれません。確かに、私が10年ほど前に農業をはじめたときは、なんとも言えない孤独感にかられたときがあったことを思い出しました。農業以外の仕事であるときは、毎日何十人もの人と挨拶をかわし、会話し、にぎやかに過ごしていたときがありました。確かにそのときは孤独感はあまり感じるはずもなかったと思います。
しかし、その環境から一転したとき、1日に会話を交わす人は極数人になり、また、畑ではみてのとおり、一人でもくもくと、作業を続けていたのです。一時は、急な環境の変化に人恋しくなるほどだったように思います。しかし、その状況も、淡々と過ごしていくうちに、私は次第に作物のお世話に夢中になり、日々変化に富む天候と、作物の様子に心追われるようになるのでした。
当然、成長し、変わりゆく作物たちの成長は目を見張るものがあり、私から自然と、植物たちへの愛着がわき、対話のようなものが生まれてきたように感じます。朝、畑に出向けば最初に「おはよう。元気だったか?今日は、草取りするからね」「お前(作物)の、花って、綺麗だな!見せてくれてありがとう。」・・・帰るときは、「今日一日、ありがとう。おかげさまでお前たちのいうとおりに、草取りできたから、ちょっとは気持ちよく成長できるかな?、また明日くるから、また楽しみにしていてくれよ」・・・・
家庭菜園や、野菜作りを経験している方ならきっと、この感覚がわかると思います。
そして、あるとき、ふと、気付いたのです。「あっ、野菜たちが、ざわめいてる!!」
畑に出向くと、野菜たちが「おーい!こっちの草とってくれよ!」「私のほうも見てよ」「このツルが伸びてきたから、私(キュウリ)の側に支柱を立ててほしいなぁ~」「お~い、助けてくれよ。早くここに手をかけてくれないと、うまく伸びられないよ。」・・・・などなど、
まるで畑のあちこちから、ざわめくように、いろいろな声(想い)が伝わってくるかのようです。
それは特別なことではありません。あくまでも感覚上のことで、実際の声が聞こえるなんて不可思議なことがおきているわけでもなく、見えないものが見えるわけでもありません。私は極普通の人間ですが。
そうなったとき、それまで一人で孤独感に陥っていた心はどこかにいき、畑に出向けば、一斉に作物たちが私のほうを注目し、ざわめき始めるのですから、まるでうるさくてしょうがないほどです。それもそのはず、野菜たちの数からいえば、トマト3000人(本)?キュウリ600人?大豆何万人?ほか、多数人という感じですから。ジョークのようですが、時々は、畑から抜け出して、もっと静かなところで休みたいなぁ、と思うときさえあります。
また、私の妻が教えてくれたことがあります。それは、作物が病気になり、収穫量も激減して、私自身肩の力を落とし、心沈んでいたときに・・・「あなた、そんな暗い顔して畑にいったら、作物たちは、そんな貴方のことを感じて、もっと辛いと思うよ」。 確かにそうだと思いました。
またあるときは、私が気が強く、心一転して畑に出向いて作物たちに、「もっと頑張れ!頑張れ!」と言っていたときには、「あなたが、そんな力入っていたら、野菜さんたちは、怖がるでしょ。あなたの心が楽になってないと、野菜さんたちも楽にできないでしょ。野菜さんたちは、十分に尽くしているし、精一杯頑張っているんだから、それ以上、強くもとめないで。」・・・・・なるほど。
ある農家さんは、毎日の野菜への水遣りを、野菜たちに聞いて調整しています。それは水の量を作物に聞くと、しっかりツルや葉を動かして答えてくれるそうです。また、作業の進め方も同じように、作物たちとの対話のなかで、必要なことと、不必要なことと、判断ができて、とても効率よく、作物たちが喜ぶようなお世話が可能になっているそうです。これは特殊な例ではなく、誰でも同じように作物たちとの双方向での対話ができるようになるようです。作物たちの心の声がダイレクトに伝わってくるのです。
野菜たちの生きる姿は、尊く、色々な形で私と、私の家族を応援してくれているようです。時には私自身や家族の体調の異常を未然にキャッチして、身代わりとして働き、病気になったり、枯れたりしていることがあるようです。また、日々畑に向かう私自身の心の成長を色々な形で応援してくれているようです。特にここ数年は、そのことが著しく現れ、いつもそのことをお知らせいただくたびに、野菜たちへ心からの感謝と敬意が沸き起こります。
ある方から、いつも口癖のように、教えて頂いていることがあります。
「作物たちは、全部わかっているんです。農家の心も、体も、そして全身全霊をもって、あなたを応援し、教えてくれているんですよ。起きることは、全て最高にいいことだから、それを喜びと感謝で受け止めてしまえば、物事っていうのは、どんどんそうなっていくんです」

